悲哀の人 矢内原忠雄 川中子 義勝 著
評・月本 昭男(旧約聖書学者・上智大学特任教授)
1920年、新渡戸稲造の後任として東京帝大の植民政策講座に着任した矢内原忠雄は、当時の植民地で
あった台湾、朝鮮、満州などを現地調査し、日本の植民地政策批判を展開してゆく。だが、大陸侵攻を
推進する国は、真理と正義に基づく国家の理想を掲げて論陣を張る矢内原を許さない。帝大も彼を追放
した。世にいう矢内原事件である。
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下野した彼は日本の行方を見定めつつ、少数の若者たちに聖書を
教え、古典を講じた。戦後、東大に復帰した矢内原は教養学部長、
さらに総長として、民主主義の礎となる教育に心血を注ぐ。「弱い
人間をいたわるという精神がないと、デモクラシーはひからびた骸
骨になってしまう」。
本書はそのような矢内原を「悲哀の人」と捉え、その生涯と学問
と信仰を、矢内原の言葉をふんだんに引用しつつ、平易な言葉で綴
ってゆく。
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折しも大学一年生の矢内原が残したノートが『吉野作造政治史講義』(岩波書店)に公刊され、政治
思想史家・柳父圀近氏による矢内原の「学問と信仰」論が『日本的プロテスタンティズムの政治思想』
(新教出版社)に収められた。(かんよう出版、1,800円)
川中子 義勝 東京大学教授 ドイツ文学者、キリスト教研究者、詩人
読売新聞 2016年5月8日 書評欄より
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